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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和39年(う)61号 判決

被告人 有限会社信貴館

右代表者代表取締役 柿谷嘉明 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人林喜平作成名義の控訴趣意書及び弁護人村沢義二郎、同盛一銀二郎、同田中清一共同作成名義の控訴趣意書、各記載のとおりであるから、ここにこれ等を引用する。

各弁護人の論旨第一点(事実誤認)について。

林弁護人の所論は要するに、原判決は罪となるべき事実として、被告人柿谷は原判示売春婦が不特定の相手方に売春することの情を知りながら、信貴館の客室を貸与して売春を行う場所を提供することを業とした旨認定判示しているが、被告人柿谷が客室を貸与した相手方は、旅館業の来客であり、而も同被告人が来客に客室を貸与したのは、宿泊等旅館業本来の目的に使用させるためである。同被告人は来客がすでに借用している客室に売春婦を招じ入れるのにつき、売春婦を周旋したにすぎないのであるから、原判決の右事実認定は、誤りである、といい、爾余の弁護人等の各所論は要するに、原判決は罪となるべき事実として、被告人会社が旅館業及びこれに附帯する一切の業務を目的としている旨、被告人柿谷が柿谷やす子と共謀して売春を行う場所の提供を業とした旨及び原判示売春の相手方が手崎勉ほか延人員約七七名である旨を各認定判示しているが、右被告人会社の目的の判示が専業旅館を意味するものであるとすれば、それは誤りであり、被告人会社は料理屋をも兼業しているのである。次に被告人柿谷の妻やす子は、本件犯行につき同被告人と共謀したことはなく、同女の関与程度は、せいぜい幇助にすぎないものである。なお本件売春の相手方の数は、原判示延人員合計約七八名よりも遥かに少いものである。尤も同被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、原審公判調書中には、右相手方の人員につき、それぞれ原判示に副う同被告人の供述記載があるけれども、これ等の供述は、捜査官の強要に基因するものであつて、信憑性のないものである。然らば原判決は、これ等の事実につき、その認定を誤つたものである、というのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示罪となるべき事実は、所論の各点に至るまで、優にこれを認定するに足り、記録及び証拠品を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、右認定を妨ぐべき措信し得る証拠がない。所論は被告人会社の原判示事業目的に誤認ありというのであるが、右原判示目的は、登記簿(記録第三六一丁の登記簿謄本参照)に登載された目的と同一であり、専業旅館と判示していないばかりでなく、仮に原判決が被告人会社の兼業とする料理屋業を看過したとしても、その看過誤認は、判決に影響を及ぼすものではない。次に所論は原判示柿谷やす子の共謀加担を否定するのであるが、原判決挙示の証拠特に、被告人柿谷の検察官に対する供述調書、柿谷やす子の司法警察員及び検察官に対する各供述調書を総合すれば、右やす子は夫である被告人柿谷と犯意を共通にし、自己が取締役をしている被告人会社の業務として、男客の依頼に応じ、或は電話で売春婦を呼び寄せ、或は寝床を敷く等、自ら売春を行う場所提供の実行行為を担当し、原判示期間中、これを反覆して来たことが明らかであるから、右やす子の加担行為は、夫の命に従つてなした場合においてもなお、共謀による実行正犯であり、幇助犯ではない(仮に同女の加担行為が幇助犯であるとしても、右共謀の誤認は、被告人両名の判決に影響を及ぼさない)。更に所論は売春の相手方の数を争い、被告人柿谷のその点についての供述の信憑性を否定するのであるが、その供述にかかる相手方の数は、原判示売春婦等の捜査官に対する各供述調書において、同人等が供述する相手方の数とほぼ符合するから、被告人の右供述に信憑性を認めるのに支障はなく、これ等の証拠を総合して、売春相手方の数を原判示の如く認定したのに誤りは存しない(仮にこれに若干の誤認があつたとしても、本件業態犯の判決に影響を及ぼさない)。最後に売春を行う場所提供を否定し、周旋を主張する所論につき案ずるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人柿谷夫妻は、男客が到来の当初から売春婦を所望する場合であると、或は宿泊の過程において売春婦を所望する場合であるとに拘らず、いずれも自己の支配する旅館設備を使用させ(後者の場合においては、当該客室又は他室を使用させ)て、売春をさせ、これにより利を図ることを被告人会社の営業として、反覆して来たことを認め得るから、個々の場合、そのいずれの形態をとつたかを問わず、売春を行う場所の提供を業として来たものと断定するに憚らない。而して当該旅客の客室で売春が行われる場合においても、被告人柿谷夫妻は、旅館経営の担当者として、その客室の事実上の支配力すなわち占有を失うものでないから、旅客の註文により、売春婦を呼び寄せ、且つ寝具等を用意して、その部屋で売春することに協力することは、売春を行う場所の提供と解すべきであり(東京高裁昭三七、一、一二判決、同高裁時報一三巻一号刑三頁参照)。これを単なる売春の周旋と解釈すべきではない。況してや所論は、本件所為の全部を売春の周旋であると主張するのであり、その不当であることは、多言を要せずに明らかである。以上を要するに、原判示罪となるべき事実には、いささかも誤認がなく、論旨はいずれも理由がない。

林弁護人の論旨第二点(法令適用の誤り)について。

所論は要するに、被告人柿谷の行為は、被告人会社の業務に関し、売春の周旋をしたに過ぎないこと第一点所論のとおりであるから、同会社は刑事責任を負ういわれがない。然るに原審がこれを売春を行う場所の提供業と誤認し、売春防止法第一四条を適用して、被告人会社の刑事責任を認めたのは、法令の適用を誤つたものである、というのである。

併しながら、被告人柿谷夫妻の行為が被告人会社の業務に関し売春を行う場所の提供を業としたものであり、単なる周旋を業としたものでないことは、証拠上明らかであり、この点に対する原審の事実認定に誤りがないことは、上来説明したとおりであるから、被告人会社は売春防止法第一四条による刑事責任を負担すべきであり、その責任を問擬した原判決には、所論のような法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

林弁護人の論旨第三点及び爾余の弁護人等の論旨第二点(以上いずれも量刑不当)について。

各所論は要するに、原判決の科刑が重きに失し不当であるから、これを破棄して、被告人両名に対し、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

所論に鑑み、記録及び証拠品を精査し、当審における事実取調の結果を参酌したうえ、証拠に現われた諸般の情状、特に本件犯行の動機、態様、期間及び社会的影響、本件犯行による利益額等を考慮すれば、被告人会社を罰金一〇万円、被告人柿谷を懲役八月及び罰金一〇万円の各実刑を科した原審の量刑は、いずれも相当として、これを是認すべきであり、決して重きに失するものではない。所論指摘の諸事情についても、十分に検討を加え、これを被告人等の利益に斟酌したけれども、未だこれを以て、原判決の科刑を軽きに変更し、或は刑の執行を猶予すべき事由とするに足りない。論旨はいずれも理由がない。

よつて本件各控訴は、いずれも理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)

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